138|190111|京都
雪の札幌を後にし、大阪経由で京都に来ている。この日はぼくにとって一つのケジメである。喪明けだ。まだ現実的に完了できていないこともないわけではないが、一つの区切りであることには何ら変わりがない。
これまで40年余り、懸命に生きてきた。それはそれで、かけがえのないものである。後ろに過ぎ去ったものとして大切などこかに大切に置いておけばいい。そして、これからはこれからであり、まっさらである。新たにまた始めていけばいい。
137|190110|札幌
近くの公園を散歩し、神社を参拝。紅葉の季節には鴨が泳いでいた公園の池も、神社の手水舎も凍っている。ここでフィニッシュを迎えることはできなかったが、やるだけはやった。大きな後悔はない。何度か行った珈琲屋に立ち寄り、夕食はジンギスカンを食べ、荷造りをした。明日の朝を迎え、いつもと同じように起き、いつもと同じように食事をしたら、ここをチェックアウトして新千歳空港へと向かうことになる。
自らの過去を振り返り、書き記していくのは、楽しいわけではないが苦しいわけでもなかった。とは言え、いざ意思を奮い起こさなければそれは始まることもなく、毎日ゼロから自らを起動しなければ何も動き出さないということも含めて、それなりに難儀してきたとは言えるかもしれない。
当初より明日を区切りとしてきたが、とてもじゃないが終わりそうにない。下手に気合を入れたところでどうにかなるものでもない。仕方がないと諦める。しかし明日からも日々は続いていく。ぼくがやるべきことは、ぼくにしかできない。あるところまで行き着き、次の景色が見えてくるところまで、決めたことをやめるわけにはいかないのだ。
136|190109|札幌
予定が早く終わるメドが立てば、友人に連絡しようと考えていた。その思いは叶いそうにない。1日は長いようで意外と短いものである。
札幌には秋から冬にかけて長く滞在したが、それも明後日まで。しばらく来る予定はない。ここを去る前に晴れやかな気持ちで町中を散策できればと思っていた。しかし現状では難しそうである。
初めて訪れた9月には地震に遭った。あの日からまだ半年も経っていない。ぼくにとっての9月はもう遠い過去にある。
これまでの人生、これほどの雪にまみれながら道を歩いたことはなかったかもしれない。日暮れ後の公園を歩く。雪の舞う風景を動画で撮る。娘に見せてやろう。
ぐっと踏みとどまり続けることぐらいしかできなかった。前に進むことはできなかったし、とは言え後ろに戻るわけにもいかなかった。もどかしさを抱え、せめて今の務めぐらいは果たそうとしてきた。札幌の冬は寒く、今のぼくにはぴったりだった。札幌を選んだのは間違っていなかったように思う。
泣いても笑っても残り2日。最善を尽くし、行き着くところまでは行ってみたい。
135|190108|札幌
ここに来てからと言うもの、布団に入っても寝つけない日々が続いている。取り組んできたことに「終わり」が見えてきたからかもしれない。確かにぼくは最後の峠を登りはじめている。何事もなければ遠からぬタイミングでゴールに辿りつくだろう。ぼくはそこに辿りつかねばならない。
ぼく自身がそのことを望み選んで、この半年を過ごしてきた。しかしいざ終わりが見えてくると、その状況に躊躇っているというのが現状なのかもしれない。このまま終わらせていいのであろうか。これまでのことに未練や愛着もある。今後、道なき道を歩んでいかねばならないことに対する不安や恐れもある。
しかしいずれにせよもうまもなく、ぼくはある流れをいったん完了させるであろう。そして新たな流れを始めていくであろう。これまでの自分を認識し、それと訣別していくことには怖さもある。新たな自分を生きていくことに不安もある。だがそれ以外の道がないこともぼくの現実である。
ここまで歩むことができた自分を誇らしく思う。しかし気を抜くわけにはいかない。行き着くところまで辿りついてから、力は抜けばいい。先のことについても、そこで考えればいい。つい暴れだしそうになる自分をどうにかこうにかたしなめながら、ぼくは目の前にある峠を登っている。
134|190107|札幌
札幌の寒さは、少し和らいだ気がする。
娘は沖縄に戻り、妻と合流。親と物理的に離れた時間を過ごすことは彼女にとっての大冒険だっただろう。大阪のおばあちゃんのところに行きたいという思いと、一人で飛行機に乗ってパパママが身近にいない生活を送ることが怖いという思いとのあいだで、どうしたらいいか揺れているように見受けられた。
妻によれば、那覇空港に到着した娘はぐったりした様子だったとのこと。大いに楽しみ、さまざまな経験をしたのだと思う。勇気を出して一人で大阪に行って良かったと思っているんじゃないだろうか。いつもとは違う環境に適応するためにも懸命にがんばったのだろう。しかし正直なところ、ぼくには彼女のことがよく分からない。
少し気を緩めれば、その人のことを分かっているかのように思いこみ、あるいは人生についてよく理解しているような顔をして、上から目線で講釈を垂れてみたり、勇み足に先回りしてしまう癖が出てしまう。ぐっと腰を入れ、しかと当人の声に耳を澄ませることができればいいのだが、つい自己都合が首をもたげてくるのである。
ぼくは自らに問う。彼女にどんな人生を歩んでもらいたいと願っているのかと。そしてそう願うぼくは、彼女に実際的にどう関わっているのだろうかと。
133|190106|札幌
いつもより遅めの時間に目覚めた以外は、いつもと変わらないことの繰り返し。身を整え、決まったことを行い、朝食をとり、机に向かい、夕方になれば食事に出かける。今日は味噌ラーメン。凍えるほど寒いが、雪が間近にある生活にも少しずつ慣れつつある。
年末年始とペンを握る機会が少なかったこともあって、右手首の調子は随分と回復した。あの頃の激痛を思うと、今こうして無事であることがどれだけ有難いかが理解できる。
有って当然なものが喪われたときにしか、その有り難さを本当の意味で理解することはできないのであろうか。大切なものを喪い、何かしらの痛みを伴わなければ、人は賢くなれないのであろうか。
今日一日酷使したからだろう、右手首に違和感が出始めた。どうにも薬の類いは好きになれないし、これぐらいの痛みならどうにでもなると思っているところがある。だが高を括るのはやめておくことにする。先生の言いつけを守っておこうと、薬局で買った湿布を患部に貼りつけた。
ぼくは、少しずつでも賢くなっていると言えるのであろうか。大切なことを大切にできる賢明な人間になりたいと、日々精進しているつもりではあるのだけれども。
132|190105|札幌
札幌2日目。雪が降っている。寒い。夕食を食べに出ると歩道にも雪が積もっている。普通のスニーカーしか持ってきていないが、足元はだいじょうぶだろうかと心配になる。
6歳の娘は単身飛行機に乗り、大阪の実家へと帰省した。弟夫婦が面倒を見てくれており、昨日は仮面ライダー、今日はキッザニア、明日は動物園とおおはしゃぎの様子である。彼女には兄弟姉妹がいない。6歳と3歳の従兄妹たちと遊びまわり、お風呂に入るのも布団で眠るのも一緒だというのは、ぼくが想像している以上に彼女にとっては楽しいことなのかもしれない。
ちなみにぼくには1歳下の弟がいる。ぼくにとって弟がいるのは当たり前であった。そんなぼくには、兄弟姉妹がいない娘の気持ちはよく分からない。
彼女は前歯が上下含めて6本抜けている。ニコっとすると本当に歯がない。弟夫婦から歯抜け丸出しの娘の写真が届いた。従兄妹たちと一緒に遊んでいる彼女は、それはそれは楽しそうで、とてもいい顔をしていた。
昨年から、このHatena Blogでブログを始めているが、誰かのために書いてきたわけではない。あくまでも「自分のため」が第一義だった。
「自分のため」を生きてきたぼくは、果たして「誰かのため」の存在になりうるのであろうか。ちょっと分からない。だが、今年からは少し意識してみようかと思っている。もしかしたら、どうしようもなく「誰かのため」にならない存在であるかもしれない。だとしても、かつての自分自身に対してであれば、何かしら力になれることもあるのかもしれない。いや、それぐらいのことはせめて持ち合わせさせていて欲しい。
葛藤していたとき、悩み苦しんでいたとき、本当に大切なことを後回しにしてしまっていたとき、傲慢になって浮かれ上がっていたときの自分のことを思った。あるいは、失意の淵に沈みかけていたとき、そしてそれでもそこにある可能性を信じて賭けてみようとしていた、あきらめの悪い自分のことを思った。